約 1,184,261 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1169.html
「……あなたは?」 ルイズが疑問の声をあげたが、 頭巾の少女は口元に人差し指を立てた。 静かにしろと言いたいらしい。 こんな夜更けに突然押し掛けてきて、 なんて図々しいとルイズは眉をひそめた。 挙げ句このルイズ・フランソワーズに命令をするとは。 心の底で徐々に敵意を抱き始めているルイズをよそに、 真っ黒な頭巾の少女は、同じく真っ黒なマントの隙間から、 杖を取り出した。 ―――それをルイズが見逃すはずがない。 敵意が一足飛びで殺意に変わったルイズの行動は迅速だった。 頭巾の少女がルーンを呟こうとする前に、 ルイズは少女の口元を押さえた。 反射的に悲鳴を上げようとした少女だったが、 それは苦痛の喘ぎ声に取って代わられた。 杖を持つ少女の手首が、ルイズによって鷲掴みにされたのだ。 ギリギリと万力のような力で締め付けられて、 少女は杖を取り落とした。 それを遠くの方へ足で蹴り飛ばし、 ルイズは少女の足を払う。 壮絶な足払いが炸裂し、少女の体がルイズの部屋へと転がり込んだ。 後ろ手でドアを閉めるや否や、 ルイズは少女に踊り掛かり馬乗りになった。 これで抵抗らしい抵抗もできまい。 相手の生死を手中に収めたことを知り、ルイズは凶悪な笑みを抑えられなかった。 最近微妙に伸び始めた八重歯をチラつかせ、 ルイズは杖を取り出して頭巾の少女に突きつけた。 「私を消そうなんていい度胸だわね。 どこの手のものかしら? ゲルマニア? ガリア? それともトリステインの低級貴族?」 杖で少女の頬をグリグリしながら、ルイズは歌うように尋問をした。 少女は小さくひっ…… と悲鳴を上げた。 暗殺者のくせに、まるで生娘みたいな声を出す奴だと、ルイズは思った。 「ほら、キリキリ吐きなさい。 言わなきゃ三秒ごとにあんたの体を少しづつ吹き飛ばすわ。 ……まずはその綺麗な指からね」 少女の指に狙いを定め、ルイズは杖を振りあげた。 残虐な興奮で埋め尽くされ、 ノックの合図のことなどすっかり忘れているようである。 「ひと~つ……ふた~つ…… …………みっ」 「ル……ルイズ? あなたルイズでしょう?」 ようやっと自分の置かれた状況を理解できたのか、 少女はルイズの名を呼んだ。 少女の鈴を転がしたような声に覚えがあるのか、 タイムリミット寸前でルイズの体がピタリと止まった。 振り下ろしかけた杖をそのままに、ルイズは恐る恐る少女の頭巾を取った。 何と、頭巾の下から現れたのは昼間顔を見たばかりの、 アンリエッタ王女であった。 すらりとした気品のある顔立ち。 きらきらと輝く栗色の髪。 ハルケギニアの一輪の華とまで呼ばれる美貌の持ち主であるが、 その美貌を引き立たせるはずの彼女のブルーの瞳は、 今は死の恐怖と不安で揺れている。 ルイズはうっと息をのんだ。 ひょっとして自分はかな~りマズいことをしてしまったのではなかろうか? (いか~~んッ!! ドジこいたぁぁあああ!!!) 言い知れぬ後悔の念に苛まれながら、 ルイズは王女から飛びのいて慌てて膝をついた。 「ひ、姫殿下!!」 アンリエッタはヨロヨロと立ち上がり、 スカートに付いた埃を払って下手な作り笑いをした。 「お久しぶりね。 ルイズ・フランソワーズ……」 気品たっぷりの立ち振る舞いだったが、彼女の声は未だに震えていた。 それからのルイズはただもうひたすらの平謝りだった。 膝をついては謝り、廊下に蹴り転がした王女の杖を拾ってきては謝り……。 マシンガンのように次から次へと飛び出す謝罪の言葉に、 謝られることに慣れているはずのアンリエッタすらたじろいだほどだった。 突然杖を取り出した自分も悪かったのだと、アンリエッタは不問に付した。 改めて『ディティクト・マジック』をかけて、部屋を調べた後、 アンリエッタは感極まった表情を浮かべてルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「……恐れながら姫殿下、なぜこのような所へ」ルイズは畏まった声で言った。 DIOは、王女に乱暴狼藉を働くルイズの一部始終をソファーに腰掛けて見学し、 一連の騒動が終わった後は、興味がないといった感じでワインを楽しみ始めていたが…… どこかつまらなさそうな空気を纏っていた。 「そんな堅苦しくならないで頂戴! わたくしたち、お友達じゃあないの!」 アンリエッタの顔が、ノスタルジーに綻んだ。 「幼い頃、ふわふわのクリーム菓子を取り合って、 よくケンカをしたものだわ!」 過去の自分のお転婆ぶりを思い出しルイズは赤面した。 「あなたは小さい頃からナイフ投げが上手だったわね! けれど、いつだったかラ・ヴァリエールの領地の森で狩猟ごっこをした時に、 野兎をしとめようとして……!」 「はい。 手元が狂って、侍従のラ・ポルト様を危うく殺しかけました」 実際は手元が狂ったのではなく、故意に狙ったものであったのだが…… 知らぬが華よ、とルイズは開き直った。 ラ・ポルトは幼いルイズにとっては本当に憎たらしい侍従だったのである。 暗殺は失敗したものの、その事件から間もなくして、 ラ・ポルトは幼いルイズの謀略によって宮中を去ることとなったのだが、 それはともかく。 「あぁ、ルイズ。 あの頃は毎日が楽しかったわ。 何にも悩みなんかなくって……」 深い、憂いを含んだ声であった。 「あなたが羨ましいわ。 自由って素敵ね、ルイズ・フランソワーズ」 やれやれ隣の芝生が青く見える年頃か、 とルイズは内心ため息をついた。 「なにをおっしゃいます。 あなたは姫君にございましょう」 「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然よ、ルイズ……」 アンリエッタは、窓の外の月を眺めて、寂しそうに言った。 それからルイズの手を取り、ニコリと笑った。 「結婚、するのよ。 わたくし」 「それは、おめでとうございます。 して、お相手は?」 アンリエッタは再びため息をついた。 話が見えてきた。 ようするに、意中の相手と結婚できない愚痴を言いに来たのだ、 このお姫様は。 まぁ、宮中でも外でも常に人目にさらされて、 愚痴の一つも言えない状況なのは分かる。 しかし、人の視線をその身に受けるのは王者の義務である。 次期女王のアンリエッタがそれに耐えられないようでは、 トリステインの未来は明るいとは言えない。 謀反が起きるか、他国に占領されてしまうくらいなら、 いっそ乗っ取ってやろうかしらと、ルイズは一瞬思った。 だが、愚痴を言うためだけにワザワザこんな夜更けにやってくるだろうか。 ルイズは少し身構えた。 「わたくしが嫁ぐことになったのは、ゲルマニアの皇帝なのです……」 「ゲルマニアですって!」 キュルケつながりでゲルマニアが嫌いなルイズは、 悲鳴にも似た声を上げた。 よりにもよってあんな野蛮な国に。 「でも、しかたがないの。 同盟を結ぶ為なのですから」 アンリエッタはハルケギニアの政治情勢をルイズに説明した。 アルビオンの貴族たちが反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。 反乱軍が勝利を収めれば、次にトリステインに攻めてくるであろうこと。 それに対抗するため、トリステインは先手を打って ゲルマニアと同盟を結ぶことになったこと。 今までの鬱憤を吐き出すように、 アンリエッタはまくし立てた。 「そうでありましたか」 まぁ、内憂も払えない王家に存在価値なんてないわねと、 ルイズはぼんやり思った。 話に一区切りついたのか、アンリエッタはルイズの部屋を見回した。 目に映る色鮮やかな絵画の数々や、 はっと息をのむような装飾品や彫刻。 その豪華さに、アンリエッタは感嘆の声を上げた。 「まぁ、ルイズ・フランソワーズ! いつの間にこんなにたくさんの素晴らしいものを集めたのかしら! まるで絵本の中の王様の部屋のようだわ」 ルイズは思わずむせかえってしまった。 失態である。 まさか姫君がお忍びで訪問あそばされるなどとは夢にも思わぬ故。 隠す暇など到底ござらぬ。 見よ、部屋に飾られたる豪華美麗を極める美術品の数々。 元に納められたるは他でもない、 トリステイン魔法学院宝物庫である。 トリステイン王族が時折査察に入る場所なれば。 如何に暗愚なアンリエッタとはいえやはり王族。 これだけあればそのうちの一つや二つ、見覚えがあるに相違ない。 ルイズの頬につつーッと汗が伝った。 そしてルイズの懸念は現実のものとなりつつあった。 「……あら? あちらに飾られている女性の肖像画は ………どこかで見覚えが」 といって、アンリエッタは一枚の絵を指差した。 帽子を被り、椅子に座った女性の絵である。 白い帽子とドレスの質感描写や、深青と紅の背景という構成が、 見るものを淡い美の世界へと誘う。 このような絵は、トリステインはおろかハルケギニアでは見られないものであった。 だからこそアンリエッタの記憶にも刻まれていたのだろう。 『帽子の女』……そういうタイトルだと、ルイズはDIOから教えられていた。 「あ、あれは! えと、あぅ、私の姉の親戚の妹の友人の叔母の……その…娘の知り合いの肖像画ですわ!」 しどろもどろで、ルイズはあらぬことを並べ立てた。 顔に浮かべた誤魔化しの笑みが痛々しい。 幸いにして今夜は月明かりが弱い。 絵をしっかりと確認するには、部屋は暗すぎたのだった。 「あら、そう? どこかで見た絵に似ていた気がしたのたけれど。 ごめんなさい、勘違いだったわ」 ルイズはほぅっと安堵のため息をついた。 暫く興味深そうにルイズの部屋の美術品を鑑賞したアンリエッタは、 やがてソファーの上でワインを飲んでいるDIOに目を留めた。 そこで初めて、DIOはアンリエッタを見た。 碧と紅、二つの視線が濃厚に交わり、アンリエッタは頬を赤らめた。 「あ、あらルイズ、ごめんなさい。 お邪魔だったみたいね、わたくしったら」 「お邪魔? どうして?」 「そちらにいらっしゃる素敵な紳士様、あなたの恋人なのでしょう? 羨ましいわ、いつの間にこんな美しい殿方と 恋仲になったの、ルイズ」 恋人と言われて、ルイズの思考が 『硬質』の魔法をかけられたように停止した。 アンリエッタは、ほんのり上気した頬に両手を添えチラチラとDIOに視線をやっている。 ルイズが固まっている間に、アンリエッタはDIOに歩み寄り、 親愛のこもった礼をした。 「いずれ名のある貴顕紳士と伺います。 宜しければ、名をお聞かせください」 DIOはソファーに横たわったままだというのに、 アンリエッタがその無礼を意に介した様子は全くない。 否定するタイミングを逸してしまったルイズだったが、 意を決してアンリエッタに申し立てた。 「あの、それ、私の使い魔なんですけど……」 言われて、アンリエッタはきょとんとした。 ルイズとDIOを、交互に見る。 ルイズに『それ』呼ばわりされて、DIOは肩をすくめた。 「人にしか見えませんが……」 「人と申しましょうか、何と申しましょうか……。 とにかく私のこ、恋人などではありません!」 顔を真っ赤にしてまくし立てるルイズに、 アンリエッタはどこか納得したような顔をした。 「そうよね、ルイズ・フランソワーズ。 あなたって、昔から何処か変わっていたけれど、 相変わらずね」 アンリエッタの天然な発言に対して、 ルイズは最大限の作り笑いを返した。 頬の筋肉がピグピグしたが、最大限の努力をしたつもりだ。 必死に笑おうとして、傍から見たらワザと変な顔をしているようにしか 思えない顔つきになっているルイズ。 しかし、アンリエッタはため息をつくだけであった。 あー、こりゃ何か尋ねろという合図か、 とルイズは遅まきながら察した。 「一体どうしたのです、姫様。 御様子が尋常ではありませんが……」 ルイズの問い掛けがきっかけとなったのか、アンリエッタは決心したように頷いた。 「先程も話しました通り、アルビオン王室はもはや有名無実。 礼儀知らずのアルビオンの貴族たちは、 トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません」 どうも雲行きが怪しくなってきたぞと、ルイズは感じ始めた。 「……彼らは、わたくしの婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています」 まさかそんなものあるはずがない、とルイズはたかをくくっていたかったが、 どうもアンリエッタの様子はおかしい。 ……あるのか?あるのか、ひょっとして? ルイズはごくっと唾をのんだ。 「……もしかして、姫様の婚姻を妨げるための材料が?」 アンリエッタは悲しそうに頷き、顔を両手で覆うと床に崩れ落ちた。 崩れ落ちたいのはこっちの方だと、ルイズは思った。 「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」 両手で顔を覆ったまま、アンリエッタは苦しそうに呟いた。 「もしそれがアルビオンの貴族たちの手に渡ったら……あぁ! ゲルマニアとの同盟は反故になり、 トリステインは一国にてあのアルビオンと戦わねばならぬでしょう!」 そこまで大事になるような手紙の内容に、ルイズは非常に興味を抱いた。 ゲルマニア皇帝の悪口でも書き連ねているのだろうか。 寝小便たれ、とか。 どうせ聞いたって教えてくれそうな雰囲気ではなかったので、 ルイズは内容を聞くのはあきらめた。 「その手紙は、アルビオンのウェールズ皇太子さまの手元にあるのです。 反乱軍と骨肉の争いを繰り広げている、 王家の皇太子さまの手に……」 ルイズはとうとう話の全てを理解した。 だから姫様はワザワザこんな夜更けにやってきたのだ。 密命を下すために。 「私にそれをトリステインへ奪還せよ…… そうおっしゃるのですね」 言い終わった途端に、アンリエッタは狼狽えだした。 「あぁ、わたくしったら、何て事でしょう! 友人を戦乱最中のアルビオンに送り込むなんて! 危険だわ! 忘れて頂戴!」 この王女はワザと言っているのではないかと、ルイズはチラッと考えて、それを否定した。 何て事はない、アンリエッタは天然なのだ。 自覚なしに人を巻き込む才能を持っている。 幼い頃の付き合いで、ルイズはそれをよく理解していた。 その点で、ルイズはアンリエッタの全き理解者と言えた。 理解しただけで、慣れることはなかったが。 いずれにせよ、二人は『まだ』王家とその家臣の関係。 王家直々の密命を断るなど、ルイズにはできなかった。 「いえ、やります、やらせていただきますともひめさま」 ルイズはもはや諦めていた。 セリフを漢字に変換することすら億劫だった。 ルイズの憂鬱を知らず、アンリエッタは感激の声を上げた。 「このわたくしの力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしいお友達!」 「いちめいにかけても。 いそぎのにんむなのですか?」 「アルビオンの貴族たちは、王党派を国の隅まで追い詰めていると聞き及びます。 敗北も時間の問題でしょう」 ―――その時、部屋の外で微かな物音がしたのを、 ルイズは聞き逃さなかった。 さっきまでの呆け顔を一転させ、ルイズは取り敢えずアンリエッタに一礼した。 「早速明日の朝にでも、ここを出発いたします。 ……唐突ですが姫様、お目汚し失礼仕ります」 アンリエッタの返答を聞く前に、 ルイズは音もなくドアに歩み寄った。 ドアに耳をそっと当てて、外の様子をうかがい、 ルイズはドアを勢いよく開けた。 すると、金髪の少年が驚きの声を上げながら 部屋に転がり込んできた。 すってんころりん、いっそ清々しいほどである。 果たしてそれは、『青銅』のギーシュ・ド・グラモンであった。 こっそり部屋の様子を覗いていたのだ。 無様に床に転がる彼の前に立ち、 ルイズは腰に手を当てて、ギーシュを見下ろす。 ギーシュのひきつった笑い声を背景に、 ルイズはペロリと舌なめずりをした。 to be continued…… 51へ 戻る 53へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/834.html
冷酷な予告と共に、ルイズは『破壊の杖』を両手で構えた。 威圧的にフーケを射抜くルイズの目は、 完全にイっている。 ……………本気だ。 それを横目で確認した瞬間、 フーケは最後の賭けに出ることにした。 ルイズは、『破壊の杖』を使うつもりだという。 それは良い! 使え使え、使うが良い! 使うには、DIOがやってみせたように、 セッティングに時間が掛かるはずだ。 今ならまだ自分の方が早い。 今だ、フーケ。 自分にとってのここぞという瞬間は、今なのだ。 大丈夫だ。 こちらには、さっき仕掛けた布石がある。 今。 …今だ! フーケは自分にそう奮い立たせ、次の瞬間、 バネ仕掛けのオモチャのように跳ね起きた。 それと同時に杖を構え、ルイズに向ける。 しかしルイズは慌てない。 まるでそれが予め台本に書き定められていた 出来事であるかのように、 『破壊の杖』を投げ出し、懐から杖を取り出してフーケに向けた。 いつぞやのように、対峙する2人。 そしていつぞやのように、ルイズはニタリと笑った。 「生き汚い……。 さっさと退場して下さっていればよかったのに……」 嫌みに上品なルイズに、フーケは我慢がならなかった。 このルイズ、一挙手一投足が恐ろしく素速い。 同時に杖を振ろうとすれば、 どう考えてもルイズの方が早いのは明らかだ。 しかしそれでもなお、フーケは、勝った…!!と思った。 「お前が言うか、化け物!! ようは勝てばいいのよ、勝てば! それよりこの光景、見覚えあるでしょ? ない、なんてことないわよね。 …そう、あの時と同じよ!! 結末もね! もう私の詠唱は、終わっているのよ! ゴーレムから落ちた時にね!! あなたが成長しないおバカさんで助かったわ。 『破壊の杖』じゃなく、普通に魔法を使っていれば、 あなたの勝ちだったのにね!!!」 ハァハァと荒い息をしながら豪語するフーケ。 罠にはまったと宣言されたというにも関わらず、 ルイズはそれを興味なさげな顔で見つめていた。 杖を持っていない方の手で、ポリポリと頭を掻き出す始末だった。 全く恐れを見せないルイズに、 フーケの心が沸々と煮えたぎる。 これでは立場が逆だ。 気に喰わない。 杖を突きつけながら、 フーケは半狂乱になって叫んだ。 「何を余裕こいてるんだい、小娘!!! あんたがやっていいのは、脂汗流しながら土下座して、 あたしに命乞いをすることだけなんだよ!!」 フーケの言葉に、ルイズは深くため息をついた。 もうお前との会話は飽き飽きだ、という表情を浮かべて、 ルイズは突き放すように言った。 「うるせーーーなぁぁぁあああ!!!! やってみろ!!!!」 鮮やかに逆ギレされたフーケは、 一瞬頭がついていかなかったが、 何を言われたのか理解した瞬間に、 怒髪天を衝く形相で杖を振り下ろした。 …………"ボンッ!" というくぐもった音が響いた。 爆発音らしきそれは、フーケの使える魔法で発生ような音ではなかった。 そのことに気付くのに、フーケはやや時間が掛かった。 チラリと前に視線をやると、 杖を振り下ろしたルイズの姿が、目に入った。 血まみれのルイズだが、新たな傷は窺えない。 こう言ってはおかしいが、無傷だ。 ならば、自分の放った魔法はどうなったのだろう? 詠唱が必要なルイズよりも、 自分の方が早いのだ。 一体どういうことかと、杖を握っているはずの右手に目をやると …………………無かった。 杖が、ではない。 杖を握る手が……いや、手どころではない。 フーケの右肘から先が、忽然と消滅していた。 肘の歪な切断面からは、白い骨が覗いている。 え……? どういうこと…だ? え?え?え?え? あまりに現実離れした出来事に、頭には疑問符しか浮かばなかったが、 "ヒュンヒュン"と空を切る音に、フーケはふっと上を見た。 空で、日光に照らされた白い棒状の物が、 ブーメランのようにクルクルと回転していた。 やがてそれは重力に従って降下してゆき、 "ボドリ"と、ルイズの足元に落ちた。 ルイズはそれが何なのか気付くと、 嬉々として拾い上げた。 半分になった右腕で、 フーケはぼんやりとその様子を眺める。 ルイズが持つその棒きれの端からは、 何やら紅い液体がボタボタと滴り落ちている。 あれは………血だ。 真っ赤な、真っ赤な血液。 よく見てみれば、その棒切れの反対側には、 五本の小枝がついている。 そしてその五本の小枝は、指揮棒くらいの長さの杖を握り締めていた。 間違いない、自分の杖だ。 ということは、あの棒切れみたいなのは……… う、うで、か? そうだ腕、腕、右腕だ。 誰のだろう? 自分の右腕は、半分しかない。 あの腕も、半分しかない。 つまり… 「………キ」 …私の? ―――頭で理解したとたん、フーケの右腕の切断面で、 思い出したように血の噴水が始まった。 「キャアアアアアアア アアアアアアアアアア アアアアアアアアアア アアアアアアアアアア アアアアアアアア!!!!!」 ブシャーッと紅い液体が弧を描いて飛び散ると共に、 耐え難い激痛が彼女を襲った。 半分になった右腕を押さえて、彼女はうずくまり、 喉よ裂けろとばかりにソプラノの悲鳴をあげた。 しかし、目の前が真っ赤に染まって地面をのたうち廻るフーケをよそに、 ルイズの視線は相変わらず棒切れ ……フーケの右腕から滴り落ちる血に釘付けだ。 ルイズはおもむろにそれを空に掲げると、 滴り落ちる血液を口で受け止めた。 しばらく滴り落ちる血液を舐めていたルイズだったが、 やがて口で受け止めるだけでは我慢できなくなったのか、 ルイズは腕にかぶりつき、ヂューヂューと音を立てて吸い始めた。 フーケはそんなことを見る余裕もない。 ただただヒイヒイと泣き叫ぶ。 しばらくの間、それが続いた。 ようやっとルイズが口を離すと、フーケの腕は、 まるで枯れ果てた枝のようにカラカラに乾ききってしまっていた。 ルイズは血にまみれた口をゴシゴシと拭うと、 フーケの腕を脇の茂みに投げ込んだ。 俗に言うポイ捨てだ。 環境に悪い。 一方、思う存分叫んだおかけで、雀の涙ほどの理性を取り戻したフーケは、 震える唇で 「何故?」と呟いた。 しかし、その疑問に答える人はいなかった。 実はルイズも、シルフィードから落ちる時に事前詠唱を済ませており、 ルイズとフーケは同じ土俵に立っていたのでした、 という事実にフーケが辿り着く事は、もう少し後のことになる。 ルイズは改めて『破壊の杖』を拾った。 時間をかけてゆっくりと拾う様は、 嫌味としか言いようがない。 そしてルイズは、DIOがやってみせたのと一手も違わずに、 しかし過剰にゆっくりとした手つきで 安全ピンを引き抜き、 リアカバーを引き出し、 インナーチューブをスライドさせ、 照尺を立て、 安全装置を解放して、 フロントサイトをフーケに合わせた。 後はトリガーを押すだけだ。 フーケは仰向けに倒れたまま、 ズルズルと後ずさった。 「た……た、すけ…て…」 お尻を引きずって後退しながら、フーケはいつの間にかそう口走っていた。 「たす、助けて!! …お願い、許して!!! やめて………!!」 情けのない命乞いだった。 並みいる貴族を歯牙にもかけず、呵々とあざ笑ってきた『土くれ』のプライドは、 カラカラに乾ききり、ボロボロと心から崩れ落ちていた。 あるのは、ひたすら生存への本能だけ。 助かりたい。 助かりたい。 生きたい! もうそれ以外、フーケは考えることが出来なかった。 ……ルイズは、フーケの必死の命乞いを受けて、一瞬キョトンとした。 が、やがてクックックッと笑い出した。 「………ごめんなさい、ミス・フーケ。 今なんて言ったのかしら? わたくし、貴女に頭を殴られてから どうも耳の調子がおかしくて……」 おおげさに耳をフーケに傾けるルイズ。 その目は、罠に掛かった哀れな獲物を見る目だった。 「お願い!命だけは! おとなしく捕まるから、 お願い殺さないで!!」涙ながらにひたすら『HELP』を連呼するフーケを、 ルイズは恍惚とした表情で見下ろした。 人差し指を立ててチッチッチッと振る。 「駄目よ……駄目駄目。 ここまでバチバチ戦っておいて、 いざ危なくなったら命乞い? そんなのって、あり?」「あっ……あっ…イヤ…!! イヤ!イヤ!!!」 「もちろんナンセンスでしょ。 ……とゆーわけで、 あなたには、『行方不明』になってもらうわ」 ルイズの判決に、フーケはもはや、 駄々っ子のようにイヤイヤと首を横に振るだけだ。 ルイズはゆっくりとトリガーに手をかけて、 餞とばかりに爽やかな笑みを浮かべた。 「う~~~ん? 聞 こ え ん な ぁ?」 爽やかな笑顔とは、180度異なるドスの利いた声色で、 ルイズはフーケに別れを告げた。 軽やかにトリガーを押す。 しゅっぽっと栓抜きのような音がして、 白煙を引きながら羽をつけたロケット状のものが、 フーケのどてっぱらに吸い込まれる。 そして、狙い違わず、フーケに命中した。 吸い込まれた弾頭がフーケの体にめり込み、 そこで信官が作動して爆発する。 耳をつんざくような爆音が響いた。 悲鳴があったかどうかは、結局わからずじまいだった。 ―――この日『土くれ』のフーケは、 名実ともに『行方不明』になることとなった。 to be continued…… 46へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/679.html
ルイズは木々の間をかいくぐり、猛然とゴーレムに突撃した。 フーケの作り出したゴーレムは、 ルイズが一歩足を踏み出す度に、視界いっぱいに、グンと大きくなっていく。 これだけ大掛かりな魔法は、いくら『トライアングル』クラスといえども、 そうそう気軽に使えるものではない。 フーケはあのゴーレムで、全てを終わらせるつもりなのだ。 そのせいでキュルケ達にバレるのが早まってしまっただろうことは、 愚かと言えば愚かだが、 逆にそれは自信の表れでもある。 一筋縄ではいかないだろう。 盗賊は、よほど成功の確信がないかぎり動かないのだから。 暫く駆け、視界にもはやゴーレムの股下しか映らないほどまでにルイズが接近すると、 それまで沈黙していたゴーレムが、その大木と見紛うほどの右腕を振り下ろした。 もちろん、その途中で拳が鋼鉄の塊に変わるというオマケ付きで。 喰らったら、間違いなくミンチだ。 拳風だけで人一人ぐらいは軽く飛ばされてしまうほどの一撃を、 ルイズは地を蹴ることで回避した。 ルイズがいた地面に、ボッコリと大きなクレーターができた。 ……………ここで、誤算が起こった。 その誤算は、フーケにとっても、 ルイズ本人にとってもであった。 ―――ルイズは『跳びすぎた』のだ。 拳を避けるためだけに跳んだつもりが、 なんとゴーレムの顔のあたりまで上昇していたのだ。 身体全体で感じる浮遊感と爽快な風に、 場違いにもルイズは酔った。 桃色掛かったブロンドの髪が激しく揺れる。 ふと視線を横に向けると、ゴーレムの肩に立っているフーケと目が合った。 ルイズもフーケも、暫く呆けた顔をして見つめあっていたが、 先に状況を把握したルイズが、歯をむき出しにして笑い、 杖を構えた。 それに引き続いて真顔に戻ったフーケは、間髪入れずにゴーレムの左腕を、 ルイズ目掛けて繰り出させた。 「無駄ァ!!」 即座にルイズは身を捩って、 フーケからゴーレムの左拳へと目標を変えた。 ゴーレムの拳と、ルイズとの間の空間で爆発が起こり、 ゴーレムの左拳は崩れ落ちた。 その爆風を利用する形でゴーレムから離れたルイズは、 レビテーションを使っているわけでもないのに、 "ズダン!"と地表に着地していた。 四つん這いで着地したため、少々みっともなかったが、 そんなことを気にしている暇はない。 見事ゴーレムの片手を破壊したかと思われたが、 次の瞬間、ゴーレムの欠損した部分に土が集まり、 あれよあれよと言う間に 元通りになってしまったからだ。 (くそぅ……再生能力か!!) ルイズは苦々しげにそう思った。 これでは少々のダメージでは、埒があかない。 それなりに時間を掛けて魔力を込めれば、 先ほどよりもっと強烈な爆発を喰らわせられるのだが、 そんな時間をゴーレムが与えてくれるとは思えない。 それに、かりに詠唱の時間を取れたとしても、 ゴーレムを倒せるとは限らない。 ………………しかし。 しかしだ。 いくら考えた所で、元々ルイズにはそれしか手は残されていないのだ。 出来る出来ないを推し量るよりも、 思いついた手段があるなら、それは全て試す価値がある。 ルイズは、時間を稼ぐ方法を何とか考えようとしたが、 そうやって逡巡している内に、ゴーレムの方が先に動いた。 両腕をブンブンと振り回し、 めったやたらに攻撃を開始したのだ。 大量の土埃が舞い上がり、直ぐに視界がきかなくなる。 偶然の産物か、 その砂埃を抜けて、ゴーレムの拳がドンピシャでルイズに迫った。 今日のルイズはとことんツいてないらしい。 「ええぃ下らん小細工ゥ!!」 ルイズはすかさず横に跳んで事なきを得た。 しかし、フーケの取ったこの『数撃ちゃ当たる作戦』、 ルイズにとってはかなり嫌らしい作戦だった。 ルイズは、いちいち拳が砂埃から現れてから回避行動をせねばならなかったし、 時折ルイズの真横に拳が振り下ろされる度に、 神経に負担が掛かった。 それに、ひっきりなしに攻撃に晒されて、 ルイズには杖を振る暇など与えられなかった。 右に左にと、猫のように身を翻すルイズは、 まさに防戦一方といった風だった。 やがて、その連続回避行動は遂に破綻した。 あらぬ方向を攻撃したゴーレムによって、 根元から折られた木が、ルイズに飛来したのだ。 ゴーレムのみに神経を集中していたルイズに避けられようはずもなく、 飛来した木は、ルイズにぶつかった。 かはぁ、と腹から息が漏れ、ルイズは無様に地面を滑った。 頭の傷口が開いて、血が噴き出した。 すると、図ったかのように突如ゴーレムが攻撃をやめた。 もういい頃合いだろうとでも思ったのだろうか。 だとしたら、ナイスタイミングだ。 あはは…、とルイズは皮肉気に笑った。 ゴーレムはじっと動かない。 ルイズはまだ動けない。 そのうち、土煙が晴れていった。 ゴーレムの肩に乗っかっているフーケが、 地面に転がるルイズを捉え、あざ笑った。 「おやおや、そんな所にいたのかいお嬢さん。 豆粒みたいに小さかったから、 うっかり弾き飛ばしちゃったみたいね」 オホホホホ、と顎に手を添えて笑うフーケに、 ルイズはハラワタが煮えくり返る思いだった。 怒りは、今のルイズの唯一の原動力だった。 不屈の精神で再び立ち上がるルイズ。 しかし、フーケは、 そうやって足掻くルイズの姿をこそ見たかったのだ。 フーケが杖を振ると、 ゴーレムの巨大な片足が持ち上がった。 踏み潰そうというのだ。 だが、そんな状況でも、 ルイズはフーケから目を逸らさなかった。 敵に背を向けない者を、貴族というのだ。 それだけが、今のルイズに出来るささやかな抵抗だった。 しかし、そんなルイズの視界の端に、 チラリと人影が映った。 ルイズは一瞬見間違いかと思ったが、 視線を移動させると、確かに見えた。 ゴーレムの背後から、 まるで何事もないかのようにスタスタとルイズの方に歩いてくる、 上半身裸の………。 ルイズはその人影をしっかと確認すると、あはは…、と笑った。 今回は皮肉ではなかった。 純粋に喜びからくる笑いだった。 ルイズはフーケの方に向き直ると、おもむろに杖を懐にしまって、 腕を組み、胸を張った。 さっきまでの健気な様子とは一転して、 ルイズが自信たっぷりな態度を取り始めたので、 フーケは面白くなかった。 「………フン、とうとうオツムがトんじまったみたいだね。 まぁ、もう関係ないわ。 今度こそこれで終わりさ…! 踏みつぶしてやるよ!!!」 轟音を上げてゴーレムの足が下ろされて始めても、 ルイズは腕を組んだままだ。 笑みを浮かべてすらいる。 どちらにせよ、もうかわせる距離ではない。 そのままの勢いで、ゴーレムはルイズを踏み潰…………… ―――ドォォオオオオン!!!――― …………すことにはならなかった。 ゴーレムの足は、しっかりとルイズに狙いを定めていたのに、 足を下ろした地面に、ルイズの手応えは感じられなかった。 フーケは、その有り得ない光景に目を見張った。 どう考えてもかわせるタイミングではなかったというのに、 ルイズはゴーレムが振り下ろした足の真横で、 悠然と佇んでいる。 さきほどまでと全く変わらない。 腕を組んで、お世辞にも豊かとはいえないムネを精一杯張っている。 さきほどと違う所といえば、 いつの間にかルイズの後ろに…………………… 「ご苦労様。 でもちょっと遅いわよ、DIO」 DIOが肩をすくめた。 to be continued…… 42へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/57.html
「―――では、ミス・ヴァリエール。召喚の儀式を」 「はい……!!」 ついに自分の番がきた――――――期待と不安と興奮がないまぜになり、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは身を固くして教師の呼びかけに応じた。 これから、一生を共にする自分の使い魔を呼び出すのだ。 緊張して当然である。 が、今彼女が感じている緊張は、他の同級生とはベクトルが違った。 『ゼロのルイズ』 それが示す事柄はすなわち、貴族にとって不可欠な、魔法の成功確率の『ゼロ』の揶揄である。 口惜しいことに、原因は不明。 同級生に『ゼロ』と笑われる度に、プライドの高い彼女は、はらわたが煮えくり返る思いをしたものだった。 だが、自分が今まで魔法を使えていないのは事実。 今回の儀式もまた失敗するかも知れないという恐れこそが、彼女の緊張の源だった。 しかし、 (サモン・サーヴァントに成功すれば、私はもう『ゼロ』じゃない……呼ばせない……) その思いがルイズを後押しする。 「おい、『ゼロ』! ちゃんとサモン・サーヴァント出来るのか?」 「皆、離れとけ! また爆発するぞ」 同級生の何人かがはやし立てた。 どうせまた『かぜっぴき』のマリコルヌあたりだろう。 ルイズは声のした方向をキッと睨みつけた。 野次の内容はいつもとそんなに変わらなかったが、これからの大事な儀式向けての集中が阻害されたせいもあり、ルイズは声を張り上げた。 「見てなさい……ッ!あんたたちの使い魔を全部合わせても及ばないくらい、神聖で美しく、そして強力な使い魔を召喚してみせるわ……!!」 (また悪い癖が出た……) 言い終わった後にルイズは後悔した。 どうしていつも自分はこうなのだろう? 彼女は自らの性格がもたらす弊害を強く自覚してはいたが、直す術を見いだせないまま今日に至る。 いつもならこのあと自己嫌悪に陥るところだが、生憎と今回ばかりはそうもいかない。 今は儀式に集中せねば…… 怒鳴ったせいで乱れた呼吸を静かに正し、ルイズは覚悟を決めた。 杖を構え、詠唱を始める。 ゆっくりと静かに、しかし力強く確実に。 周囲のマナが轟と震え、眩い光があふれ出す。 (いける!) これまでにないほど、魔力の流れが安定している。 ルイズは召喚の成功を確信する。 内心の興奮を抑えつつ、ルイズは淡々と詠唱を続ける。 ――――――そして、詠唱は終わりを迎えた。 "チュドォォォオン!" 成功を確信したルイズの召喚魔法の結果はしかし、いつもの通りの爆発であった。 砂埃が舞い、視界が遮られる。 意味するところはすなわち……… 「し……失…敗…なの?」 その瞬間、ルイズは金槌で殴られたような衝撃を受けた。 腰の力が抜け、その場にへたりこむ。 (……どうしてなの?) これまで、様々な苦労をしてきた。 魔法を使えるようになるために、あらゆる書物を貪った。 知識だけなら他のどの同級生に負けない自信がある。 自覚がある。 自負もある。 なのに………… 悔しさのあまり、これまでどれだけ他人にバカにされても決して流さなかった涙さえうかべた。 やはり自分は『ゼロ』なのか…… これからも他人に笑われる生活を送るのだろう。いや、ひょっとしたらこれを口実に学院を追放されるやも…… ルイズは、自分が描いた恐ろしい未来に我が身を抱いた。 そうして彼女が震えている間にも、視界を遮る砂煙は晴れようとしていた。 時は止められないのだ――――――ルイズは思った。 「ケホッケホッ……こ、今回はやけに飛ばしたな、『ゼロ』のやつ」 召喚と、その後のいつもの失敗劇を眺めていた同級生の1人が呟いた。 「エッホン、ゥオッホン……そ、そうだね。マントが汚れてしまったよ…」 実際のところ、失敗すると決め込んでいた彼らも、一瞬だが、成功したのではないかと思っていた。 しかし結果はやはり失敗。 今までにない様相を呈してはいたものの、結局『ゼロ』は『ゼロ』だったということだ。 彼らはそう、心の中で結論づけた。 彼らの心は既に、サモンサーヴァントではなく、砂煙が収まった後、どうやって『ゼロ』をからかおうかということに向かいつつあった。 しかし、やや視界が効くようになるにつれて、先程までは存在しなかったモノがあることに一部のものは気がつき始めた。 まさか……!? 皆の期待を再度裏切る形でソレは確かに横たわっている。 だがよく見えない。 目を凝らす。 舞い残る砂が目に入ってよく分からない。 目をこすり、再び目を凝ら「ぅわああぁぁあぁ!!?」 一人の生徒が叫び声をあげた。 ルイズは未だに、声を押し殺して泣いていたが、周囲の様子のおかしさに気づき、辺りを見回した。 『こちらを見る→ナニかに気づく→悲鳴を上げる』という一連の行為を誰も彼もが、一様に、時間差で行っていた。 女生徒のよく通るキャーキャーという悲鳴が、水面に石を投げた後の波紋のように、広がっていく。 悲鳴のウェーブが広がりきったその次は、悲鳴のオーケストラだった。 皆悲鳴を精練された聖歌のように唱和させる。 貧血を起こし、倒れる生徒も見受けられた。 いつもとは反応が違う。失敗を起こした後の反応とは……。 まさか、自分はサモンサーヴァントに成功したのか? その可能性に思考が行き着いた瞬間、ルイズは振り返り、砂煙が起こっていた中心を凝視した。 喜びと期待に満ちたルイズの目はしかし、自分が初めての魔法で、初めて呼び出したのであろうソレを見た瞬間に心臓が凍るほどの驚愕で見開かれた。 そこにあったのは、これ以上はないというほどスプラッタなバラバラ死体だったのだから… 戻る 2へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1356.html
タバサの結界が、キュルケを飲み込む。 氷の矢などという程度ではすまされない攻撃であった。 一本一本が氷槍(ジャベリン)と見紛うほどに大きく、鋭い。 遍在の力を借りて、三人掛かりで呪文を組んだからこその威力だった。 それが三百六十度、ありとあらゆる方向から、雨あられとキュルケに迫る光景は、 磁石に群がる砂鉄のようでもあった。 森の一角、半径二十メイルが白一色で塗り潰される。 その中心に、キュルケはいた。 喉に押し当てられる死神の鎌の冷たさを、痛いほどに感じながら、彼女は耐えた。 耐えるしかなかった。 炎のバリアが球体となって、襲い来る矢から彼女を包み守る。 しかし………… 「アァアアアアアアアアア……!!!」 溶かしきれなかった氷矢の幾つかが、容赦なく炎のバリアを貫通し、 キュルケの全身をくまなく切り刻んだ。 いつ終わるともしれない猛攻撃。 生きたまま穴あきチーズにされかねない勢いだった。 急所を庇う腕がザクザクザクッと削れる音を背景に、キュルケの意識が朦朧とし始める。 『お前が欲しい物は、なんだ?』 DIOの問い掛けが脳裏に響く。 気付けば、キュルケはこれまで起こった悪夢のような出来事を思い返していた。 『別に。新しい本を借りただけ』 そう言って、タバサが自分に背を向けて歩き出す。 喪失感。 『私の友情を、タバサは快く受け入れてくれたよ』 DIOの嘲るような笑みにハラワタが煮えくり返る。 "…………プッ" 『キュルケには関係無い』 タバサにはねのけられた手よりも何よりも、心が痛かった。 "……プッ" "プツン" 『この子はもう、私の物さ』 一瞬何を言われたのか分からなかった。 魂が抜かれたような顔で、DIOにひざまづくタバサ。 心が引き裂かれそうだった。 『私は自分の意思で、DIO様に忠誠を誓った。 DIO様に手を出すつもりなら、キュルケも殺す』 そして、タバサからの一方的な訣別。 DIOが許せない。 "プッ……プツ………………… プッツーン……!" 「DIOォォォオオオオオオオオオッッッ!!!!!」 生命の危機に晒される状況下、キュルケの中で、何かがキレた。 炎のバリアが、空気を入れた風船のように肥大化してゆく。 彼女の精神の高ぶりに応じて炎が渦を巻き始め、 やがて巨大な炎の竜巻が姿を現した。 キュルケを中心に渦を巻く、天を貫かんばかりの火災旋風。 その炎風は地を焼き、森を焼き、水を燃やし、空を焼いた。 トライアングルクラスの手には余る所業に全身が悲鳴を上げるが、 キュルケはむしろその炎の勢いを更に加速させる。 友への万感の思いが、彼女を支えていた。 森の一角ごと結界を燃やし尽くしたキュルケの火災旋風は、唸りを上げてタバサにも迫った。 流石のタバサも、あの魔法が破られるとは思っていなかったのか、 防御に移るのが数瞬遅れた。 "フライ"を使っての回避も不可能であった。 なすすべなく灼熱の業火に身を焼かれ、タバサは地へと墜ちていった。 火災旋風がその勢いを徐々に弱めていく。 炎の嵐が止むと、後に残ったのは、荒廃した大地であった。 木も草も、全てが焼け落ち、キュルケの周りだけドーナッツのように丸裸になっている。 限界ギリギリまで消耗したキュルケはしかし、倒れまいと、フラつく体を持ち直す。 「タバ……サ!!もう終わりよ、おとなしくしなさい!!」 全身に切創と凍傷を受け、疲労困憊な状態の勝利宣言であった。 空気中の水分という水分は残らず蒸発し、乾燥しきっていた。 これでは『水』系統の魔法はもう使えまい。 いや、それ以前に、確かに感じたあの手応え。 辛うじて死には至ってないだろうが、重度の火傷で身動き一つとれないだろう。 早急な手当てが必要かもしれない。 キュルケは、ぐっと踏ん張ると、タバサが墜落した辺りへと歩を進めた。 夥しい数の火傷を受け、タバサは地面に落ちた。 まさか、自分の魔法が破られるとは思わなかった。 キュルケがあそこまでの爆発力を発揮するとは……。 息も絶え絶えな状態で夢と現実の狭間を彷徨いながら、タバサはキュルケの言葉を聞いていた。 辛うじて耳に入った一言は、『もう終わり』。 それを聞いた瞬間、タバサは自分の体の底から再び汚泥のように湧き上がってくるものを感じた。終わってたまるか。 諦めてたまるか。 一体何を諦めろというのか。 母を救い、憎き仇敵であるジョゼフを抹殺するために、 これまで耐え忍んできた辛酸苦渋の日々を。 復讐の機会を窺い、ただひたすら己の牙を磨いてきた日々を。 あの恥知らずな纂奪者どもから受けた、屈辱の日々を。 暗愚な上、魔法も碌に扱えぬような従姉妹に、デク人形のような扱いを受けた日々を。 忘れられるはずがない。 脳裏に浮かぶのは、母が自分を庇う後ろ姿。 そして、母が壊れていく様を、まるで虫けらでも見るような目で眺めていた、ジョゼフの愉悦に歪んだ顔。 その顔を見て、タバサは人の残酷さを骨身に刻んだ。 ジョゼフが憎い。 憎くて憎くてたまらない。 ……殺してやる。 必ず。 そのためには、目の前の障害物を取り除かなければならない。 ―――『あの方』は、きっと今の私を見ていらっしゃる。 私が、本当に自分の目指した道を進む"覚悟"が出来ているかどうか、 遍くその目で確かめていらっしゃる。 遥か遠くにいるはずの『あの方』の存在を、タバサは肌ではっきりと感じた。 無様な姿は見せられない。 ならば、今一度。 タバサの体に力が入る。 『あなたの夫を殺し、あなたをこのようにした者どもの首を、いずれここに並べに戻って参ります。 その日まで、あなたが娘に与えた人形が仇どもを欺けるようお祈りください』 母への誓いを思い出す。 あの方は力を授けてくださった。 行き詰まっていた私に、新たな道を示してくださった。 タバサは確信する。 あの方のために戦うことは、自分の母を救うことにも繋がるのだと。 あの方のために戦う。 あの方のために敵を討つ…………あの方のために……あの方のため、 あの方の。 あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため あの方のあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方のため あの方のためあの方のためあの方のためあの方のためあの方 あの方のためあの方のため あの方の…………そして母さまのために!! 恐るべきは天賦の魔法の才能ではなく、その華奢な身の内でどす黒く燃え上がる底無しの執念か。 魔法とは、精神力である。 そして精神力とはすなわち、心の力である。 彼女の魔力が底無しなのは全くもって当たり前だった。 自分の空色の髪が熱で焦げて、嫌な臭いが鼻を突く。 しかし、息苦しさを感じこそすれ、タバサは痛みを感じていなかった。 胸の内から無理矢理にでも湧いてくる『あの方』への忠誠心と、母への狂おしいほどの愛が、 麻薬のように彼女の痛覚を麻痺させていた。 杖を拾う。 そして、考えた。 『風』魔法はダメだ。 既にキュルケに読まれている。 何か……キュルケの意表を突く一手を生み出さなければ。 うつ伏せに地に這い蹲った状態で、タバサは辺りを見回した。 目の前に、自分のメガネが転がっている。 落下の衝撃に耐えきれず、長年使ってきた赤縁のメガネは粉々に割れてしまっていた。 それを見て、タバサは笑う。 顔面の筋肉にすら、もうまともな力が入らず、笑っているように見えたかどうか怪しかったが…… とにかく笑った。 ちょうどいい。 メガネが割れてくれていてちょうどいい。 たまらなくいい。 この割れ具合が最高だ。 タバサは芋虫のように身を捩ってメガネに近づき、ひときわ大きな破片を手に取った。 迷いなんて、『あの方』に仕えてから…… ……いや、幼い頃に、目の前で母が心を壊されてしまってから、とっくに捨ててしまっていた。 タバサは全く躊躇することなく、割れたメガネの破片を自分の手首に振り下ろした。 「……んっ!」 スパッと手首が裂けて、直ぐに大量の血液が吹き出てきた。 ドクドクと血液が零れ落ちる手首を、タバサは自分のマントで覆って隠した。 キュルケの足音は、すぐそこまで迫っていた。 ―――――――――――― キュルケは傷ついた片足を引きずりながら、タバサが墜落した場所へと向かっていた。 勿論、タバサの『風』魔法に備えることを怠ることはない。 ありとあらゆる物が焼け尽き、焦げ付く大地の上を歩む。 と、視線の先に、タバサが横たわっていた。 彼女の姿を見た途端、慎重だったはずのキュルケの足取りが、 自然と慌ただしいものへとなっていく。 駆け寄って、その小さな体を抱き上げる。 「タバサ…………」 触れれば壊れそうな体を、キュルケは優しく膝の上に載せる。 自分を包む温もりに気がついたのか、タバサがゆっくりと、その目を開いてキュルケを見た。 「ごめんね……! ごめんね、タバサ! 私、気づいてあげられなかった……! あなたがここまで思い詰めてたこと、分かってあげられなかった……!」 ボロボロと目尻から涙を流しながら、キュルケはタバサを強く抱き寄せた。 もう離さない。 ありのままのタバサを、受け止めてやるのだ。 いつかこの子の雪風のベールが剥がれると信じて。 ―――しかし、涙を流すキュルケの顔を、タバサはいつもの無表情で見返すだけだった。 「……どうしてとどめをささないの?」 「出来るわけないでしょ!! 私達、親友じゃないの!」 キュルケの憤慨したような声色に、タバサは目を瞑って呟いた。 「…………………そう。 なら、私の勝ち」 そこで初めて、タバサの手首から流れ落ちる赤い液体にキュルケは気がついた。 「…………これは!?」 ここで、キュルケは致命的な間違いを犯した。 いや、彼女にとってはむしろ、ある意味当然の思考回路だった。 キュルケは、タバサの言葉の意味を考えるよりも先に、タバサのことを心配してしまったのだ。 止血をせねばと考え……、しかし自分は『水』魔法が大の苦手だと考え…… とにかく、キュルケはタバサの身を案じてしまった。 それが決定的だった。 「…………………………………・ウィンデ」 掠れた詠唱に応じて、手首から流れ落ちるタバサの血液が凝結し、 人一人は貫ける大きさの氷の刃となった。 それは、彼女の血で出来た、真っ赤なウィンディ・アイシクル。 生命を削った一撃。 突如宙に出現した真紅の氷刃は、キュルケの胸を貫いた。 「……ぁ」 自分の胸に生えた一本の氷刃を、キュルケは惚けたように見下ろした。 次いで、絶望に染まった瞳をタバサに投げかける。 キュルケの全身が強張り、痙攣する。 しかし、タバサは容赦なく、キュルケの胸を貫いた真紅の氷刃を時計回りに回転させた。 複雑にささくれ立った刃が、キュルケの重要な血管や内臓をズタズタに傷つける。 「~~ッ……………!!………ゴポッ!」 たまらず、吐血。 黒に近い色をした血液が、タバサにビシャッと掛かった。 それでも、タバサはまばたき一つしなかった。 タバサを抱きしめる腕の力が、苦痛によって一瞬強まり…………やがて緩まっていった。 キュルケの全身が弛緩してゆき、瞳から光が消えていく。 胸から零れる血が、タバサと、地面をしとどに汚した。 それを確認したタバサは、依然として自分を抱いたままのキュルケの腕を引き剥がす。 大切な物から引き剥がされた両腕は、力無く、だらんと下がった。 ゴロリと転がって、タバサはキュルケから離れる。 ふぅ、と溜め息をついた。 苦痛の果てに掴んだ勝利は、存外味気ないものだった。 「……シルフィード」 自分の使い魔の名を呼ぶ。 すると、キュルケの炎に焼かれなかった、遠く離れた森の影から、一匹の竜が現れた。 隠れて見ていたのだ。 二人の戦いを。 シルフィードは申し訳なさそうな声色で鳴いた。 「きゅい……お姉さま…………ごめんなさい。 シルフィは……」 一体どうしてシルフィードが謝ってくるのか、タバサは不思議に思った。 どうせいつかは戦わなければならない相手だったのだ。 今決着をつけたところで、何の支障があるだろうか。 シルフィードは悪くない。 しかし、今はシルフィードと無駄な会話をしている余裕はない。 「あの方の所へ……あの方の…………」 ぜぇぜぇと、喘息のような呼吸をしながら、タバサは繰り返した。 一刻も早く、『あの方』の元へ向かわねばならないのだ。 シルフィードはチラリと振り返って、血の海に沈んでいるキュルケを見た。 光を宿さぬ目は、もう何物も捉えてはいない。 ただ虚空を彷徨うばかりである。 その身体から、生命の息吹が急速に失われていくのを、シルフィードは感じた。 しかし、シルフィードはタバサの使い魔である。 優先順位を誤る真似など、決して許されない。 後ろ髪を引かれる思いだったが、シルフィードはキュルケから視線を戻した。 あの傷では、どうせもう手遅れだと、自分に言い聞かせながら。 「わかったのね、きゅい………」 主の命令に従って、シルフィードは先住魔法を使って、タバサを自分の背に乗せた。 そして、最後に悲しげな鳴き声をあげて、シルフィードは上空へと舞い上がった。 目指すは、あの恐ろしい悪魔の住処である。 シルフィードの背中の上で、キュルケの言葉を思い返しながら、 タバサの意識は次第に薄れていく。 戦いの爪痕も生々しい更地には、もはや誰もいなくなった。 荒廃した大地の上には、血の海に沈んでいるキュルケの身体が独り、ポツンと取り残されているだけであった。 『私達、親友じゃないの』 キュルケは独りぼっちだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/107.html
掟破りの二重契約。 ルイズが行った最終手段とはそれであった。 その名の示すとおり、使い魔との契約を重ね掛けする術。 古今東西、あらゆるメイジの歴史の中で、1度契約を交わした使い魔を御せられなかったという話など、ルイズは聞いたこともなかった。 どんな凶暴な魔獣であれ、契約すればペット同然に扱える。 それほどまでに、サモン・サーヴァントとは強制力を持った儀式なのだ。1度以上の契約など、必要ないのだ。 しかし、ルイズは今回自ら二重契約を行った。 つまり、自分には使い魔を制御する力がありませんと認めるようなものだった。 貴族として、メイジとして、そしてヴァリエールの娘としての恥だ。 だからこそ、これは最終手段だったのだ。 自分の名誉にかかわる。 それに、二重契約には落とし穴があった。 確かに、二重契約を行えば使い魔との繋がりが強力なものとなり、制御もしやすくやる。 だが、繋がりが強くなるということは使い魔と精神的により深く同調することだ。 下手をすれば自分と使い魔の境界を浸食され、心を破壊されてしまう。 ルイズはもちろん初めは使う気などさらさらなかった。 だか、コルベールが倒され、そして自分のライバルであり友人でもあるキュルケがあの触手に捕らわれるのを見たときに、ルイズは密かに決心した。 あの異常な使い魔…再生能力に触手に目からビームにetc…. バラバラ死体から復活したばかりの、弱っているだろう今のうちに、自分の制御下に置いてしまわねばとんでもないことになる……。 はたしてルイズの策は功を湊したが、ルイズがそれを確認することは出来なかった。 二重契約をして、ようやくヤツにはっきり刻み込まれた使い魔のルーンを見た後ルイズは、使い魔を下敷きにしていたとはいえ、地面にもろに叩きつけらて、衝撃で脳を揺さぶられ、貧血も相まって無様に伸びる。 身を預けた己の使い魔の胸は、広くてたくましかった。 黒一色に染まっていく視界の端で、タバサのシルフィードがゆっくりと着地して来るのが見えた。 タバサ―――無傷。 キュルケ―――軽傷(ただし、心に刻み込まれたトラウマは深 い)。 コルベール―――片足をビームで貫かれ重傷。 ルイズ―――全身と左肩に穴をあけられたことによる大量失血 で瀕死の重傷、意識不明。 ルイズの使い魔―――完全契約。気絶。 to be continued…… 14へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/64.html
四人は目の前の出来事に我が目を疑った。 そこでは世にもおぞましい光景が広がっていた。ゴロリンと横に転がっている生首の切断面から、植物の蔓のような、しかし人間の肉を連想させる生々しい触手が、無数に生えてきたのだ。 それに伴う"ビュルビュル"という嫌な音も相まって、四人は嫌悪感も露わに身構えた。 何もかもが未確認な生物なのでソレが次に起こす行動が予測出来なかった。 ---ドスドスドスッと触手の何本かが地面に突き刺さり、それを支えにした生首が宙に浮かび、四人を見下ろす形となった。 「GRRRRRR……」 低い唸り声に四人の産毛が逆立った。 どう考えてもこちらと友好的な関係を築くつもりはなさそうだ。 そもそも理性があるのだろうか。 --考えている暇はなかった。 目の前の生首が、こちらに向かってすさまじい速度で無数の触手を伸ばしてきたからだ。 予想以上の触手の多さに、キュルケは内心舌打ちをした。 ---さっきよりも増えてるんじゃない…? 苛立ちながら炎の魔法で応戦する。 しかし… (~~~~ッ!!的が小さすぎる!) 真正面から向かってくる無数の触手は、対象から見れば点にしか見えない。 狙いが絞れないのだ。 そのうえ、うまく狙いをつけても、触手はヒョイヒョイとそれをかわしてしまう。 驚異的な反射神経だった。 ならばと、キュルケは後退しながら生首に向かって火+火のフレイムボールを放った。 完璧に捉えたそれはしかし、触手が身代わりになることによって防がれてしまった。 どうやら、あの生首が本体のようだ。 そう判断したキュルケは後ろの二人に呼びかける。 「二人とも!あの生首よ!」 それだけでキュルケの意図を汲み取ったタバサとコルベールは、魔法を生首めがけて掃射した。 後のことは二の次にした、全力攻撃だった。 しかしタバサとコルベールの魔法は、先ほどキュルケが焼き払ったと思われた触手に悉く払われ、防がれ、無力化されてしまった。 呆然とする二人。 一瞬攻撃の手を緩めてしまった。 それがまずかった。 『KUOOOOOOO!』 次の瞬間、コルベールが地に伏した。 左足から夥しい出血をしつつ、コルベールはドサリと倒れた。 タバサは呆然とそれを見る。 --何も見えなかった……。 ただ、あの生首の目がギラリと光ったように見えただけだった。 ふとみると、コルベールの足下の近くの地面に、ピンボールほどの大きさの円形の穴が開いていた。 それと同じ傷が、コルベールの左足にも刻まれているのだろう。 恐らくは何か銃弾のようなものを発射したのだ。あの目が。 そうとしか考えられなかった。 全く常識の範囲外だった。 すでにこの状況そのものが非常識の極みだが。 ---もういちどさっきのをやられたら……… タバサは戦況の不利を悟りし、一旦退却すべきだと決断した。 指笛を吹き、自分の使い魔である風竜のシルフィードを呼び出す。 その間にコルベールを引きずって出来るだけその場を離れるとともに、前でルイズとともに触手の相手をしているキュルケに呼びかける。 「ミスタ・コルベールがやられた。一旦退く。キュルケも早く」 「えぇ!?……わかったわ。ルイズ、聞こえたわね!」 ルイズは何もいわず、ただ頷いた。 5へ 戻る 7へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/63.html
"モゾッ"という感覚が、ルイズの手の中で起こり、ルイズはキュルケ達の方を向いたままビクリと凍りついた。 三人の訝しげな視線が突き刺さるが、ルイズはとてもじゃないが声なんかあげられなかった。 ナニカが自分の中で蠢いている……… まさか。自分が手に持っているのは死体の、それも頭部だけだ。 頭だけで動くなんてありえない。ナンセンスだ。しかし相も変わらず自分の手からはナニカが動くモゾモゾとした感触がある。 ま さ か………ゴクリとルイズは唾を飲み込んだ。 ルイズは今度ばかりは自分の最悪な未来像が正しいであろうことを感じた。 確認したくない。 このままこの頭を放り出してケツを捲ってしまいたい。 そう思ったが、確認しないわけにはいかない。 自分はこの使い魔の御主人様なのだ。 使い魔に怯える主人がどこにいる。 "ドドドドドド………" 意を決しておそるおそる振り返る。 果たしてルイズは死体と目と目を真っ正面からぶつけることになった。 死体がニヤリと笑った気がしたがルイズにはもはやそれが気のせいとは思えなかった。 "ドッギャァアァアン!" そのホラーな展開に流石のルイズも悲鳴を上げ… 「ギャ……んむ、ふぁ、ひゃ…む~~~!?」 ようとしたのだが、突如今度は死体のほうから唇を塞がれて、声をあげるにはいたらなかった。 ニュル、と唇を割って何かが入ってくる。 それが舌である事に気づいたルイズは恐怖と羞恥で頭が真っ白になった。抵抗しようにも、ルイズは指一本動かせず、ただただされるがままだった。 クチュクチュ…とルイズの口から淫靡な音が漏れ出す。 「んぅ…は…ぁん…」 最初はただ恐怖と嫌悪しか感じなかったルイズはしかし、徐々に自分の体に生じ始めた異変を感じ始めていた。 ----キモチいい… 情熱的で、まるで略奪するかのようなキスに、ルイズはいつしか夢中になっていった。 死体の舌が自分の中を嵐のように陵辱してゆくたびに、ルイズはその刺激に体をビクンとさせた。自分の女の部分が次第に熱を帯びていくのを感じる…… ---また、あの感覚。ルイズは、自分という存在を全て委ねたくなるような感覚に再び襲われていた。 しかし今回ルイズは、その感覚を拒絶する気にはならなかった。 今自分を襲う快楽の嵐をもっと感じたい。 いつしかルイズは、自ら舌を絡め始めていた。 目の前で繰り広げられる背徳的な光景に、三人は呆然とした。 契約のキスをようやく終わらせたと思ったら、今度はいきなり目も眩むような情熱的なディープキスだ。 ルイズの体が邪魔になって見えないが二人の方から聞こえてくる淫靡な音が、イヤでも三人の妄想をかき立てた。 (な、何やってんのよ、ルイズ~~~!?) 快楽に身を捩らせるルイズを見て、キュルケはドン引きだった。 自分のライバルであり、親友でもあるルイズに、まさか死体に欲情するような嗜好があったとは…ふと隣を見ると、コルベールは口を開けたまま固まっている。死体の召喚やらパニックやら、目前のディープキスやらで、とうとう限界が来たようだ。 タバサは見て見ぬ振りを決め込んでいる。やはりまだこういったことにはなれていないのだろう。……やはり自分がやるしかなさそうである。 この状況を収拾するのは。 深いため息をついた後、キュルケは未だにキスに没頭しているルイズに歩み寄り、肩に手を掛けた。 「ルイズ。お楽しみのところ悪いけど、その辺にしなさ……!!」 その時キュルケは確かに見た。 ルイズとキスをしている死体が、物言わぬはずの死体が、自分に"ニヤリ"と笑いかけたのを 次の瞬間、キュルケは行動に出ていた。 ルイズを死体(もう死体じゃない。化け物だ、アレは)から無理矢理引き離し、死体を蹴り飛ばした。 ゴロンゴロン…と離れた場所で、ソレは止まった。 それを傍目に、キュルケはルイズに語り掛けた。 「大丈夫!?ルイズ!?」 「ふぇ…?あ…なぁに、キュルケ…?」 呆けた顔で、ルイズは答えた。 口元がだらしなく緩み、目に理性の光がまったくない。 それを見たキュルケは、間髪入れずにルイズの頬を打った。 "パァン"という乾いた音が響く。 「自分を保ちなさい!ヴァリエール!」 「へ…?あ、ツ、ツェルプストー!」 キュルケの喝に、ルイズの目に力が戻る。 どうやらこっちの世界に帰還してきたようだ。 (やれやれだわ…)と、キュルケは思った。 「構えなさい。何かやるつもりよ、あの化け物!」 言うが遅いか、死体の転がっていった方から、とてつもない威圧感が4人を襲った。 全員、油断なく杖を構えた。 一瞬でも気を抜けば、呑み込まれる―――本能でそう感じた。 『KUAAAAAAAAA……!!』 そして、背筋の凍り付くような唸り声が辺りに響いた。 4へ 戻る 6へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/104.html
--夢、夢を見ていた。私は相変わらず『ゼロ』で、他人にバカにされてばかりだったが、夢の中の私は、虚勢こそ張るものの、現実の私と違って、いつだって明るくて前向きだった。 現実の私はいつだって暗い意趣返ししか考えていなかった。 夢の中の私は『サモン・サーヴァント』で平民を召喚していた。 自分と同年代の男の子に、恥ずかしがりながらキスをする私。 冷やかされる私。 腹いせに男の子に八つ当たりする私。 キュルケに言い寄られた男の子に意地を張る私。男の子と一緒に冒険をする私。 男の子に抱きかかえられる私。 ………幸せそうな私。 私私私私私――――――!!! 全ては起こり得なかった泡沫でしかないことが少し悲しい。 ルイズはその有り得なかった可能性に背を向けて、今間近に迫る現実に足を踏み出した。 「…………ぅ、あ…」 酷く体がだるい。 再び意識を手放しそうになるが、必死に抵抗する。 まだ生きているらしかった。 ボーっとする視界を動かしてみる。 どうやらここはシルフィードの背中の上で、自分はキュルケに抱きかかえられているらしかった。 (キュルケ……無事だったんだ…) 自分のように触手の餌食になっていないキュルケに、ルイズはほっとした。 2人とも、視線を下に向けて固まっている。 一体何を見ているのだろうと思い、ルイズは2人が見ている方向に頭を向けた。 見れば、自分の使い魔が……さっきまでバラバラメチャメチャグッチャグッチャだったはずのルイズの使い魔が……、それこそジグソーパズルを組み立てたみたいに『完成』しているのが見えた。 この世の存在とは思えないほどの美の具現。 あれが私の―――そう思ったルイズだったが先ほど自分がその使い魔に殺されかけたことを思い出し、歯噛みした。 使い魔を御せられない主人など、主人であるはずはなかった。 自分が『ゼロ』だからなのか、それともあの使い魔が強力過ぎるからなのか微妙なラインだったが、どちらにせよルイズはまだ諦めるつもりはなかった。 ……最後の最後、とっておきの秘策を、ルイズはまだ試していなかった。危険な冒険。 しかし、それに失敗しようが、このまま逃げようが、結果は変わりはしないとルイズは感じていた。 どうせなら万策尽くしたかった。 自己満足かもしれないけれども。 せっかくこの日のために勉強を重ねてきたのだから。 ルイズは1人、シルフィードから飛び降り(転げ落ちたといった方が正しかったが)た。 ルイズは抜けるような青空を、自分の使い魔めがけて落ちていった。 指一本動かさなくたって、かってに頭から落ちていってくれるのが、ルイズには有り難かった。 こんなこと前例はない。空前絶後の大召喚劇に、不謹慎にもルイズの心は激しく震えた。 落下しつつ、呪文をとなえる。 「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……!」 男がグゥゥゥウウンと立ち上がった。 「五つの力を司るペンタゴン……!」 男の頭が宙を仰いだ。 落下していくルイズは、男と目があった。 血に染まったように真っ赤な目だった。 「彼の者に祝福を与え…ッッッ…!」 ギラリ、と男の目が光ったと思ったら、肩にポッカリ穴が空いた。 それ以前に大量の血液を失っていたので、血はあまり出なかったが、直後に想像を絶する痛みがルイズを襲った。 痛みを気にする暇もなく、ルイズは男めがけてレビテーションを唱えた。空間が集束して、爆裂する。 だが、それはダメージを狙ったものではなく、男の視界を惑わすためだった。 煙の中をくぐりながら、ルイズは最後の一節を紡ぐ。 「我の、使い魔と為せッッ!!!!」 ルイズは再び男の唇に、己がそれを重ねた。 男は思わぬ目くらましに、顔をしかめていたが、目前に迫るルイズに気づき、身をかわそうとした。 しかし。 (もう遅い、脱出不可能よ!!) ルイズは心のなかであざけった。 いつぞやのおかえしとばかりに、今度は唇を自分から無理やり重ねる。 "ズキュゥウウウン!!" また変な音が頭に響いた。 シュゴォォオオ!と、男の片手の甲がまばゆい輝きを放った。 使い魔のルーンが、そこにハッキリと刻まれていた。 ルイズは自分の切り札がうまくいったことを知り、静かに笑った。 "ズドグァオオン!" 次の瞬間、ルイズは男を下敷きにする形で地面に到達した。 13へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/60.html
そうしているうちに、コルベールが戻ってきた。そして、その後ろに続く二つの人影。 『微熱』のキュルケと、『雪風』のタバサであった。 先程のパニックの折、混乱する生徒達の中で彼女達だけは自分を保っていたのをルイズは見ていた。 恐らく自分と同じくこの死体の奇妙さに気づいたのであろうその2人がこの場に来るのは不思議ではなかった。 内心そう思いながらも、キュルケが嫌いなルイズは、突っかからずにはいられなかった。 「ツェルプストー、何か用?」 宿命のライバルを前に、自然とルイズはいらだった口調になった。 そんなルイズの態度をうけながし、キュルケは杖をいじくりながら飄々と答えた。 「べっつに~。用なんか無いわよ、あんたには。あるとすれば、そこに転がってる身元不明の死体に、かしら?」 「なによ、ハッキリしなさいよ!」 キュルケの微妙に的を得ない回答に、ルイズの方が痺れを切らした形となった。 キュルケはいかにも『呆れた』といった表情を浮かべた。 タバサの方は、さっきからずっと黙って、杖を抱えたままだ。 「だから、契約よ! するの? その死体と」 「……あっ」 キュルケの言葉にルイズはハッとした。 さっきまでの、自分をどこかに置き去りにして来たような感覚は消えていた。 そうだった。 このバラバラ死体がどうしてこの場に呼び出されたのかルイズはすっかり忘れていた。 自分はこれから一生をともにする使い魔を呼び出すために、このサモン・サーヴァントに臨んだのだった。 万全を期して。 そうして呼び出されたのが目の前にデンと横たわる、身元不明の死体だったというわけだ。 つまり………… ということは……… この理屈から言うと……… ルイズの思考が最悪の未来を脳裏に描き出した。 「こ、こ、これと契約しろっての~!? 無、無理よ! 無理無理! ぜぇったいいや!」 ルイズは半狂乱になって無理無理無理と繰り返した。 契約するということはつまりキスをするということだ。 そこの死体と。 ルイズは、今初めて自分がとんでもない状況にあることに気がついた。 チラリと死体を見る。 割られたスイカと目があった気がした。 ぶるっと身震い。 シャレにならない…… ルイズはコルベールに助けを求めることにした。 「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しを希望します!」 割と切実なルイズの声が広場に響いた。 何が好きで死体にファーストキスを捧げなければならないのか……ルイズは最早半泣きだった。 己の不幸を強く呪うとともに、どうしてコルベールだけでなく、キュルケとタバサもこの場にきたのか、ルイズは悟った。 以前から、サモン・サーヴァントは伝統に基づく神聖な儀式であり、召喚のやり直し等は不可能である旨は、目の前にいるコルベールから耳にタコができるほど聞かされている。 今更彼が、自分の言葉を覆すとはとうてい思えなかった。 つまり、彼らは否が応でも私に契約をさせるつもりで、キュルケとタバサは、自分が契約を拒否した場合に、無理矢理ふんじばって契約させるためにいるのだ――――――ルイズは確信した。 確信した瞬間にルイズは三人に向かって杖を構えた。 ど、どいつから来るの……!? わ、私は後、何回契約させられるの……!? 「私に近寄るなぁあああ!!!!」 ルイズは腹の底から叫んだ。 親の仇でも見るかのような、鬼気迫る表情に、流石の三人も気圧された。いつも冷静なタバサすら、身を固くしてルイズを見守っていた。 妙な誤解をしているようだ……と、三人は感じた。 そして、おそらくは誤解の原因であろうキュルケが、恐る恐る話しかけた。 「あのね、ルイズ。変な勘違いしてるみたいだけど、まったくの誤解よ。あんたをどうこうする気は…「嘘だッ!!!!」 必死の弁明はしかし、ルイズの叫びに遮られた。 これは重症だ。 このままだと奇妙奇天烈な怪奇事件に発展しそうだったので、キュルケに変わってコルベールが説明に入った。 「ミス・ツェルプストーの言っていることは本当ですよ。ミス・ヴァリエール。私たちはあなたをどうこうしようというつもりは全くありません。落ち着いてください。」 「…………」 「落ち着いて、ください。落ち着くのです」 「…………」 ルイズが杖を下ろす。 やはり亀の甲より年の功か、今度は説得が通じたようだ。 取りあえず惨劇は回避されたらしい。 三人は肩の力を抜いた。そのままの勢いでコルベールが話を続ける。 「私もこんな事例は初めてで、少々面食らっています。このまま契約をあなたに強制するのも酷というものでしょう。よって私はあなたに選択肢を与えようと思います。 ①覚悟を決めてこのまま契約を行う ②今回の召喚はなかったことにして、死体を内々に処理。一年間留年の後、再び再召喚 (③無理矢理契約。現実とコルベールは非情である) 選ぶのはあなたです、ミス・ヴァリエール。あくまであなたの意志で選んでください」 意図せずして、責任をすべてルイズにまる投げする形になったことに、キュルケは不快感を感じたが、どうしようもなかったのでだんまりを決め込んだ。 ルイズは、コルベールのセリフに最初は期待したが、最後にあんまりな二択を突きつけられて目の前が真っ暗になった。 契約か、留年か…… おおよその貴族のご多分に漏れずプライドの高いルイズにとって、留年など、屈辱以外の何物でもなかった。 それならば我慢してこの死体と契約した方が、いくらかマシなのでは……チラッと、死体を見る。こんどは、ちぎれた左腕が自分に向かって手を振っているように見えた。 ――――――留年もアリかな、とルイズは考え直した。 しかしルイズの脳裏に、家族の顔、そして大好きなカトレアの顔が浮かんだ。 これまで自分が魔法を使えないせいで、何度家族に迷惑を掛けてきたことか…… 自分が留年することで、これ以上大好きな家族に迷惑をかけることは、とてもルイズには出来なかった。 それに、やはりこの死体は、ただものではない。その考えは、自分の中で確信にまでなっていた。何かとんでもない秘密があるに違いない……ならば、それに賭けてみるべきではないか……? 暫く考えた後、ルイズはとうとうハラを決めた。 「ミスタ・コルベール」 「決断しましたか…?」 コルベールが自分の目を見て問う。 ルイズもまた、コルベールの目を正面から見返した。自分で出した結論に自信を持たなくて、何が貴族だろうか。 これから起こるすべてを受け止めてみせよう。 高らかに宣言する。 「私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、この『物』を使い魔と認め、契約します。」 一息で言い切る。 コルベールは一言「分かりました」とだけ言った。 タバサは黙ってルイズを見つめている。 何か思うところがあるのだろうか。 一方のキュルケは、予想外の展開に目を見開いた。 (ルイズ、あんた、決めるときは決めるじゃない) 自然と頬がゆるむ。 やはり彼女は私のライバルにふさわしい……感心しつつそう思いながらも 一方で不安も覚えた。 今ルイズが契約すると言ったアレ…… アレはまさに未確認生物だ。 今はおとなしく死んでいる(?)が、契約を交わした瞬間何が起きるか皆目分からない。 契約の瞬間は、メイジがもっとも無防備になる瞬間でもある。 ルイズの身に何か起こったときは自分が……そう心に決めつつ、キュルケは、堂々とした足取りで死体に近づくルイズを見守った。 ルイズはどうやらあの割られたスイカみたいな頭部の唇にキスをする事に決めたようだ。 案外ロマンチストなようだが、割られたスイカは唇部分もほぼ真っ二つになっているので、それに向かって少女が唇を近づける様は、第三者から見るとかなりシュールだった。 ぶっちゃけ気持ち悪い。ルイズは、スイカ頭を見ないように目を瞑ってその形の整った唇を近づけていく。 そして、運命の時―――――― 2へ 戻る 4へ